活字をこえて

製本と修繕を習っています。本に関することや考えたことの記録。

20190420【無二文庫】1冊目

『Bookworm House & Other Assorted Book Illustrations』赤井稚佳 / 編集:堀部篤史(誠光社)

 

「無二文庫」は書店でも出版社でもなく、本棚を作るという漠然とした企画の名前だ。依頼で本棚をコーディネートし、あなたの無二の文庫を作るという企画。

初依頼は本好きの本棚を作ることになった。相当なプレッシャーがある。

キーワードは提示されていたが、額面通りに用意するかとなるとセンスが問われる気がした。

 

1冊目を選ぶべく、ちょうど街に出てきたので丸善へ足を向けたが、林立する巨大な書架にはいつも途方に暮れてしまう。端末を使って検索してもピンとこない。書架の間を歩いてみると収穫はあったのだが、待ち合わせをしていたので一度出てきてしまった。

コメダ珈琲で腹ごしらえと勉強をして、なんとなく悩みながらも誠光社へ。着いてしまえば悩んでいたのが嘘なくらい魅力的な本が揃っていた(当然だ)。

この企画にあたって、まだ悩んでいることがある。「どの本屋で買うか」だ。

今のところ利益を出すことは考えていないけれど、大型書店で発掘するのがブックコーディネートらしいのか、それとも応援したい街の本屋で買うのが正解なのか、まだ答えを出せていないのだ。ちなみに、古本で買うと本の値段の概念がおかしくなり、モラルにも反するため今のところは考えていない。古本でしか手に入らないような高額本を扱うこともまずないだろうから。

とはいいつつ、セレクト本屋でセレクトされた本を買うのははたしてブックコーディネートになるのか。ちょっと悔しいような…。

さらに難しいのは、自分が読みたい本でなく、きちんと依頼人のことを考えてセレクトできるかという点だ。それでいて一度に数冊でなく、その日の一冊を考えたい。欲しいような本はたくさんあったのだが、同じ日に選ぶことで精神的に偏ってしまう危険があるし、予算はごく限られている。

 

***

 

今日の午後は古い洋館アパートメントで催されたイベントに行ってきたところだった。詩人とボスが朗読とピアノのパフォーマンスをするということだった。

 

ふたりのパフォーマンスを聴きながら、昔ボスが緑色に塗ってしまったピアノのことを思い出していた。そんな彼も夏には奥さんの出産と共に隣町へ引っ越すそうだ。ゆかりのある人々の近況を伝え聞いたが、なぜだかみんな不安定になっているようで胸が痛んだ。我々はもともと環境や時代の変化に強い方ではない、そういう者の集まりだった。たまに集っては文学や文化の話をしながら鍋を囲み、泥酔するまで飲んだものだった。今はない上賀茂の木造アパートで。

わたしにとってはすべての発端ともいえる会の仲間たちである。淡淡と話すボスの話にうなずきながら、せめて彼だけはこれから先も柔軟に生き、鈍感でありつづけてほしいと願った。

 

その洋館アパートメントは築百年で、大正初期に修道院の女性信者のために建てられたという。今も住人がいるが、二階の各部屋は小さなお店になっていて、古本屋やサロンを営んでいるらしい。

古い鍵、漆喰の剥がれた壁、いろんな人が立ち寄り、それでいて静寂。ひっそりとしているけれど、親密な気配があるのは、かつて我々がたまり場にしていた古い木造アパートを思わせ、ひどく懐かしい気持ちになった。いや、懐かしいという言葉だけではとても語れない気持ちになりさえした。

他の演奏は階下の籐椅子に座って聴いた。籐椅子と硝子の天板の籐テーブルが、昔おばあちゃん家にあったものと不思議なくらい細部が似ていて離れがたかったのと、そういうアパートで人の気配だけを感じながら遠くの音楽を聴くのは、あたたかく満ち足りた午後を完璧にした。

 

 

今日選んだこの本も、あるアパートメントが舞台の話。わたしの美しい古い記憶となった木造アパートが存在したように、こんなアパートメントもきっとどこかにあるのだと思う。本とイラスト好きの依頼人も気に入ってくれるだろう。